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2011年9月17日土曜日

愛犬に対するエリザベス女王の浪費に英国民激怒。王制廃止の意見も

Daily Mail記事翻訳)

エリザベス女王に関する限り、彼女が愛するコーギーたちのためにすることにベストはないのだ。

ほんとうに、女王の甘やかされたペットたちは王族よりも良い食事をしていると、英王室のスタッフたちはよく冗談を言う。

エリザベス女王は先週、見かけは新鮮に見える料理されたコーギーたちの食事が、実際は冷凍した料理を解凍したものだったことに気づいて憤慨した。

愛犬のコーギーたちの1匹とともに撮影された1985年の女王の写真。
最近彼女は、愛犬の食事のことで宮殿のまかない部門と争った。


情報筋によれば、バルモラル城で休暇中だった女王は、彼女のコーギーたちの夕食を皿に盛ってあげているときに、コーギーの食事が冷凍肉の解凍だったことに気づいて怒り狂ったという。

シェフが用意していると思われるディナーを彼女自身でコーギーたちに与えることにこだわるほど、女王は犬たちを愛しているのだ。

だが今回、コーギーたちの餌が中心まで解凍されていなかったために、それが冷凍されたものだったということが明らかになった。

「料理された最高品質の肉を、女王が愛するコーギーたちに与えようとしているときに、その料理が中心部分まできちんと解凍されていないことに彼女は気づいたのです」

「長い間彼女はいつも、コーギーたちに与えるフードは100%新鮮なものであることを求めてきました。そして今回、料理されたコーギーたちの食事が女王の指示に従っていないことに気づいたので、彼女はその憤りを表明したのです」

「(制服を着た)従僕が召喚され、そのときにキッチンを担当していたシェフたちを明らかにするように指示されたのです」

「そしてシェフたちは、このようなことが2度と再びないように、そして、すべての料理が新鮮であるようにすることを確かな言葉で告げられたのです。シェフたちは非常に当惑して言葉もありませんでした。明らかに、シェフたちの中のひとりは犬のことだと軽く考えて、解凍肉でも問題はないと思っていたのです」

「間違いなくこのシェフは、コーギーたちが女王にとってどのような存在かを知らなかったのです」

「これが1度限りのことだったのか、それとも長年にわたって新鮮なものとして出されていたのか、それは神のみぞ知ることです」

「しかし、もしこれが長年のことだと女王が知ることになれば、シェフたちは解雇されるかもしれません」

バッキンガム宮殿のヘッドシェフのマーク・フラナガンさんは、そのときバルモラル城にはいなかった、と情報筋は述べている。2002年に彼は、長年勤めたライオネル・マンさんの後を引き継いだ。当初は、彼の攻撃的な態度と経費節約方式に狼狽したスタッフもいた。

「恐らく、時間と経費の節約のために、料理のいくつかを冷凍したほうが簡単だとマークシェフは判断したのでしょう。または下級のシェフが思い切って最も楽な方法を選び、いくつかの料理を冷凍したのでしょう」と、内部情報に詳しい者は話した。だが、責任の所在が誰にあるにせよ、これが不愉快なことであると女王は明らかにしたのだ──上級の召使いたちの中には、ここ長い間で彼女がこれほど怒ったのを見たことはなかった、と語る者たちもいる。

「ライオネル・マンシェフの時代にはこのようなことは決してなかった、と関係者たちは話しています。彼は長年宮殿で務め、女王が本当に欲しているものを知っていたのです」

エリザベス女王は現在、リネット、モンティ、ウィロー、ホリーという名前の4匹のコーギーと、コーギーとダッスフンドのクロスブリード(ミックス犬)であるサイダー、キャンディ、そしてバルカンを飼っている。

女王は時間があるときには、午後5時頃に犬たちのメインミールを自身で給仕することを好んでいる。

ボールに入った料理された肉をより小さなボールにすくい入れ、フォークを使ってビスケットと自家製のグレービーソースと混ぜ合わせるのだ。

バッキンガム宮殿で11年間働いた王室の元シェフだったダレン・マッグレディさんは、女王のコーギーたちの日常のメニューはタイプされてキッチンの壁に張り出されるのだ、ということをかつて明かしたことがある。

「私たちはスコーンも焼きましたよ。それを女王が砕いて、コーギーたちのために床に置いてあげるのです」

「女王のコーギーたちは、ゆでたチキンかレバー、またはウィリアムとハリーの両王子が狩りで撃ち取った獲物のウサギを、私たちシェフがきれいにして料理し、肉から骨を取り除いて切り分けてコーギーたちに出していたのです」と、彼は語っていた。


読後の感想:
当ブログでは、これまでエリザベス女王のコーギーたちの記事を多数掲載してきたが、古いものが多かったので最近の記事を掲載したいと思っていた。そんな折に、新しい当記事(2011年8月27日デイリー・メール掲載)を発見したので、さっそく翻訳して掲載した。
当記事を読んで、 “今現在エリザベス女王の元で健在なコーギーとドーギーたちは何匹なのか? そして彼らの名前は?“、という私の疑問は解消された。さらに、愛犬のコーギーたちに対する女王の相変わらずの溺愛ぶりも再確認できて、読んでいてなかなか楽しい記事だったのだが……。
“だったのだが“、というふうに歯切れの悪い言い方になってしまうのは、実はこの記事には300近い英国人読者の意見が寄せられていて、その多くがネガティブなものだからだ。
どのようなものかというと、タイトルでも言及したように、困窮するイギリス国民もいるというのに愛犬たちに贅沢をさせる女王に対する怒りに満ちたコメントなどだ。それこそ、王制廃止やら共和制に移行しろ、などといった意見もかなりあり、イギリス人の多くが“女王陛下万歳!”な人たちだと思っていた私としては結構驚いた。
すべてのコメントにザッと目を通したが、女王に対する不満が彼女のコーギーたちにも向けられている意見などもあり、コーギー飼いとしては辛い部分もあるのだけれど、王制や女王に対する現代イギリス人の本音がわかる意見が多くてとても興味深かったので、そのうちコメント部分も翻訳して掲載しようと思う。

英文記事:
Who made a dog's dinner of cooking supper for one's corgis? Queen's shock as beloved dogs are fed reheated meals instead of freshly cooked
By REBECCA ENGLISH Last updated at 10:40 AM on 27th August 2011

2011年7月19日火曜日

コーギーとダックスのミックス、英女王の愛犬ドーギー

everything2記事翻訳)

エリザベス女王はウェルシュ・コーギー・ペンブロークの熱心なブリーダーとして有名だ。女王のコーギーたちが産んだ子犬のうち、彼女が手元においている多くがメス犬である。

エリザベス女王の愛犬は純血種のウェルシュ・コーギー・ペンブロークだけではない。

ウィンザー・ドーギーと呼ばれる、コーギーとダックスフンドのミックス犬も女王の愛犬だ。
英王室のドーギーは、女王のコーギーと故マーガレット王女のダックスフンドの血を引く。


女王の妹マーガレット王女は、ピップキンという名前のロングヘアードミニュチュア・ダックスフンドのオス犬を1匹飼っている。ピップキンは、飼い主たちとはかなり異なった愛情をコーギー犬に対して抱いていたようだ。

というのはこの結果、ダックスフンドとコーギーのハイブリットである一腹の子犬7匹が、女王の犬の1匹から産み出されたからだ。しかしエリザベス女王は、このミックス犬の子犬たちは、“ドーギー”という洗礼名を与えるのに値するほど魅力的だと考えて、さらなる繁殖を試みた。

写真家のノーマン・パーキンソンさんは、女王に大胆ともいえる質問をした。その質問というのは、脚の短いミニチュア・ダックスフンドが、どのように(ダックスフンドよりは)比較的脚の長いコーギーと交尾できるのか、というものだ。この質問に女王はこう答えた。「とても簡単なことですよ。踏み台になるレンガがありますからね」

1975年イギリスのケンネルクラブは、同クラブのパトロンのひとりであるエリザベス女王の肖像画の製作を依頼した。この肖像画は女王が愛犬たちに囲まれているもので、画の中央にはコーギーの母犬とダックスフンドの父犬から生まれたハイブリットのティンカーが描かれていて、ロイヤルファミリーたちはこの犬種を“ウィンザー・ドーギー”と呼んでいる。

エリザベス女王と愛犬ドーギーの写真。背後は女王の夫君。

デズモンド・モリスの本によると、イギリスのケンネルクラブに飾られているスポンサーたちの肖像画には、純血種ではない犬が描かれたことは1度もないという。だが女王陛下が、ティンカーを肖像画に描くことが許可されなければ肖像画のモデルにはならないと言ったため、ケンネルクラブは譲歩したのだ(女王であるということはいいことだ!)。

ティンカー、ベリー、ブランディ、サイダー、ハリス、ピクルス、チッパー、そしてその他の同じミックス犬たちは、他の甘やかされた純血種の親戚犬たちと幸せに暮らしているのだ。

イギリス王室のコーギーとダックスフンドのミックス犬のドーギーもまた、
英王室で飼われている他の甘やかされた純血犬と同じように、幸せに暮らしている。


読後の感想:
今回はエリザベス女王のコーギーではなく、エリザベス女王のハイブリット犬であるドーギーのほうに焦点を当てた記事をご紹介。
この記事を読んで、女王のドーギーの母親犬がコーギーで父親犬がダックスフンドだったということがわかったのでホッとした。でもこの交配は、なんでもピップキンが逃走して女王のメスコーギーと交尾した事故が原因だったらしい。

英文記事: 
dorgi by Segnbora-t  Fri Jun 06 2003 at 20:43:40
The Queen & a DORGI?????  Monday, April 11, 2011

2011年7月15日金曜日

人類滅亡後のエリザベス女王のコーギーたちの運命

squido記事翻訳)

スカパーで視聴できるヒストリーチャンネルの"Life After People"という番組に、エリザベス女王のコーギーのエピソードが登場したようなのでご紹介。この番組は、“人間がいなくなった後に世界はどうなるのか?“というテーマで、想像の世界を推測するシリーズもの。

私は、古代・中世・近世の軍事や戦術関連の番組を観るためだけにヒストリーチャンネルを契約しているので、この"Life After People"という番組のことは知っていたけれど観たことはなかった。でも、なんとこの番組で、”人間がいなくなった後の世界でエリザベス女王のコーギーたちはどうなるのか?“という話が語られているらしい。

で、以下はこの番組の女王のコーギーのエピソードに関する外国人の意見。↓


ヒストリーチャンネルの"Life After People"という番組で、人間が消えた後のエリザベス女王のコーギーたちの運命について仮説を語っている。

もちろん、この番組は女王のコーギーにだけ焦点を当てているわけではない。エリザベス女王のコーギーたちの運命は、“人間が消えた後の世界”における多くの例のひとつとして語られているだけだ。私はこの番組を観たことはないが、実に面白そうだ。


読後の感想1
とある外国人は上記のような意見を述べているが、私はイギリス王室のコーギー関連話は大好物なので、もう少し他のソースを調べてみた。その結果、英語版ウィキの記事を見つけたのでこれもご紹介。↓


Wiki記事翻訳)
ヒストリーチャンネル"Life After People"の、エリザベス女王のコーギーたちのエピソードについて。

人間が消えた2週間後:
エリザベス女王のコーギーたちは、いまだ人気の消えたバッキンガム宮殿のホールをうろついている。コーギー犬たちは、便器の中の水を飲み、宮殿のキッチンから食料を得て生き延びている。


バッキンガム宮殿の便器の水を飲むエリザベス女王のコーギー。

人間が消えた3か月後:
宮殿の食料が尽きて女王のコーギーたちは宮殿から出て行く。そして野生で生きることを試みる。

人間が消えた50年後:
エリザベス女王のコーギーたちの子孫は、いまでもロンドンの郊外をさまよっている。だが他の犬種との交配によってロイヤルドッグとしての血統は消滅し、もはや彼らはコーギー犬には見えない容貌になり、女王のコーギーの子孫たちは野生の猟犬のようになる。


読後の感想2
と、まぁこんなカンジのエピソードだという。
You Tubeで検索してみたら、このコーギーたちが登場する"Life After People"のロンドン編の動画を見つけたが、画質・音声ともに最悪だったのでとてもご紹介できるシロモノではなかった。宮殿のキッチンでゴミ箱を漁る女王のコーギーたちの映像などもあるので、是非まともな画質で観てみたいけれど、残念……。せめて音声だけでもまともに聞けたらよかったのに。あぁ、世界のコーギーファンのどなたか高画質でUPして……!

英文記事:
History Channel Hypothesizes on Fate of Queen's Corgis in "Life After People"
Life After People Wiki Corgis http://lifeafterpeople.wikia.com/wiki/Corgis
You Tube動画: "Life After People London Part 2"(画質・音声ともに最悪なのでお勧めできないけれど、一応リンクを掲載)→http://www.youtube.com/watch?v=DhJbuDRl478&feature=related

2011年7月3日日曜日

英王室の犬たち。写真で見る歴代ロイヤルドッグ

Globalanimal記事翻訳)


ウィリアム皇子が贈ったイヤリングを旧名ケイト・ミドルトンさんの愛犬オットーが食べてしまったことをご存じだろうか? また、エリザベス女王の最初の“ロイヤル・コーギー”の名前がスーザンだということはどうだろう?

英国のロイヤルファミリーのように、英王室のロイヤルペットたちの話も興味深い。英王室のダイアナ元妃、ヴィクトリア女王、チャールズ皇太子、そしてエリザベス女王と、彼らの高貴な犬のコンパニオンたちをちょっと見てみよう。



1635年に描かれたヴァン・ダイクの肖像画、“チャールズ1世、イングランド王の3人の年かさの子供たち”には、2匹のキング・チャールズ・スパニエルが登場している。



ヴィクトリア女王のアルバート王子との結婚間もない頃に描かれた、ランドシーアの“ウィンザー宮近況”には、ウィンザー城の”緑の応接室”にいる、乳児の王女と4匹のロイヤルドッグ(エオス、イスレイ、カーナッチ、ダンディ・ディンモント)が登場している。



1908年の写真には、エドワード7世と彼のテリアのシーザーが映されている。シーザーは国王よりも長生きし、国王の葬列では彼の棺の後から行進した。



1930年、スコットランドのグラミス城でヨーク公(後の国王ジョージ6世)が撮影した、ヨーク公婦人(後のエリザベス皇太后)とエリザベス王女(現在の女王)の写真。



スコットランドのディーサイド、バークホールの階段で犬に囲まれたマーガレット王女を、1933年に父(ヨーク公)が撮影した写真。



1896年サンドリンガム城で、ヨーク公爵息エドワード(後のエドワード8世)とプードルのサミー。サミーはネズミ捕り用の毒を誤って食べて死亡した。



国王ジョージ6世とコーギーの写真。これは国王と王妃の1948年の銀婚式に、社交界の写真家バロンによって撮影された一連の写真の中の1枚。



最初のロイヤルコーギーのスーザンは、1933年にエリザベス女王の父王ジョージ6世がヨーク公だったときに英王室に迎え入れられた。



2005年のカナダ訪問の折に、地元のコーギー愛好家たちに迎えられたエリザベス女王。



1981729日の結婚式の前に、ともに過ごすレディ・ダイアナとチャールズ皇太子、そして彼の犬。



2009629日イギリスのキングスリンで、サンドリンガム・フラワーショウに出席した地元の人々との面会中、タムジンという犬に手を舐められるチャールズ皇太子。



旧名ケイト・ミドルトンさんの愛犬、オットーの写真。黒毛のコッカー・スパニエルのオットーは8匹兄弟の1匹。ケイトさんの家族がエラという同腹の姉妹を飼っている。昨年、ウィリアム王子が彼女に贈った真珠のイヤリングを食べてしまい、オットーは一時危険な状態に陥ったという。



読後の感想:
エリザベス女王の父王ジョージ6世とコーギーの写真が、当ブログ的にはイチオシ。そしてその次、エリザベス女王が4匹のコーギーを連れている写真だけれど、白黒写真だということよりも、もっと時代を感じさせて興味深いのは、女王が毛皮を着ているということ。当時は”Fur is murder.”という感覚はまだなかったのかな?

英文記事: Royal Dogs Of The Ages (GALLERY)
※写真のソースは、“The Royal Collection © Her Majesty Queen Elizabeth II”および、“Getty Images Europe(ゲッティイメージズ)”。

2011年6月23日木曜日

ウェールズ王族とコーギーが暮らした王宮クランノグ

前回の記事“王宮跡からコーギーの骨。ウェールズ王族が愛した犬”の中に登場する、ウェールズの情報について少し解説。
この記事を訳している時、わけのわからない固有名詞がかなり出てきた。いつもなら固有名詞にはこだわらずに適当に処理してしまう。でも今回の記事の固有名詞は個人的に興味があって少し調べてみたので、その結果をご紹介。


クランノグ: 
古代ウェールズの住居だったクランノグ(人工の島)について。クランノグとは、スコットランドやアイルランドで湖水の上に建てられた古代住居のこと。ランゴース・クランノグは、ウェールズで発見された唯一のクランノグ。


こういう住居に古代ウェールズ王族とコーギーのご先祖たちが暮らしていたという。

なんだかガリア戦士っぽいお父さん。是非、斧と盾を装備して欲しい。


ランゴース: 
上記クランノグがあった湖がランゴース。ランゴース湖は南ウェールズ最大の湖。


ウェールズ、ランゴース湖の佇まい。


カーディフ:
ウェールズの古代王宮跡で発掘されたコーギー(タイプ)の犬の骨を調査したカーディフ大学の所在地。カーディフはウェールズの首都で最大の都市。





アングロサクソン・クロニクル:
古英語(こえいご)で書かれたアングロサクソン族の年代記。

昔読んだVOAの記事によると、古英語は現代英語とは違うので専門家にしか読めないという。英語が現在のものに近くなるのは16世紀シェイクスピアの頃かららしい。


参考サイト: 
ウェルシュ・クランノグセンター http://www.llangorselake.co.uk/crannog.html

王宮跡からコーギーの骨。ウェールズ王族が愛した犬

(BBC記事翻訳) 


カーディフ大学のエイドリアン・パウエル氏は”コーギーの骨”を調査している。

中部ウェールズで見つかった9世紀の骨は、王族に飼われた最初のウェルシュコーギーの証拠だと考えられている。

暗黒時代の遺跡を調査していたカーディフ大学の考古学者たちは、コーギータイプの犬の骨を発見したのだ。

ランゴース湖で調査を行っていたこのチームは、現代のイギリス王族に好まれているコーギーに似た外側に曲がった犬の前脚を発見した。

ウェールズ、カーディフ大学のパウエル氏が”コーギー”の骨を調査。


ブレコンに近いこの場所は、古代ウェールズ王国王族の住居だと考えられている場所だ。

カーディフ大学のチームは、ブレコンの第9代国王の住処だったと思われるクランノグ(湖の上の人工の島)で発見された人工遺物を詳しく調査している。

同大学のジャッキー・メルヴィル博士は述べた。「私たちはコーギーサイズの犬の前脚を入手しました。これは古代の王族のコンパニオンとして愛された犬の可能性があると、私たちは考えています」

ウェルシュ・コーギーと王族の関係は長い。

コーギー犬とイギリス王族の関係は長い。


「私たちはランゴースにあるこの遺跡の食物の残骸を調査しています。ここは初期王家の住居だったと私たちは考えています」

「発見された骨は、普通の大きなグレイハウンドタイプの狩猟犬のものもあります。ですが私たちは、コーギーに似た短いガニ股の前脚を発見したことに興味を引かれたのです」

「現代の犬種は最近開発されたものですが、発見された犬の骨はコーギーによく似ているようなのです。そこで私たちは、ウェールズにおけるこの種の犬の最初の例ではないかと考えているのです」

今日の王族と違って9世紀ウェールズの王族は、コーギーをペットとして飼っていたとは考えられてはいない。

「恐らくこのコーギーに似た犬は、当時のワーキングドッグだったのでしょう。コーギーは牧畜犬ですから」ジャッキー・メルヴィル博士はつけ加えた。

「この王宮跡では牛が飼われていたという証拠があるのです」

コーギー(Corgi )は、'cor' (dwarf) そして 'ci' (dog)で、ウェールズ語の”ドワーフ・ドッグ”という意味がある。

”コーギー”はウェールズ語で”ドワーフ・ドッグ”という意味がある。


メルヴィル博士はさらに述べた。「1200年間におよぶコーギーと王族との関わりの可能性に、コーギークラブはかなりエキサイトしていますよ」

コーギークラブの名誉書記シルヴィア・ヒューズさんは語った。「クラブのメンバーたちはとても興奮しています」

「コーギーと王族の関わりについてはかなり噂されてきましたが、これは嬉しいニュースです」

「多分コーギーは村の犬として育成されたのでしょう。この犬は器用ですから。そしてコーギーは素晴らしい愛玩犬でもあるのです」

「コーギーはとても賢く、人間が大好きなのです」

ランゴースレイク・クランノグ時代の年輪は、この住居が西暦889年~893年の間に建てられたことを示している。

アングロサクソン・クロニクル(年代記)には、西暦916年にランゴース付近がイギリス軍によって破壊されたという記述がある。

この遺跡からの人工遺物は2004年の9月まで、ブレコンのブレックノック博物・美術ギャラリーに展示される。


読後の感想:
訳している間ずっと、湖上の住居クランノグに暮らす古代ウェールズ王族とコーギーのご先祖たちの様々な情景が頭の中に浮かんできて、どっぷりと古代ウェールズの世界に入っていた。こういう記事を読むたびに、ますますコーギーという犬が好きになっていく(たとえ短足でガニ股な犬でも!)。
これは、このブログを始めて100本目の記事になる。やはり100番目のエントリーはメインコンテンツのコーギーと彼らの故郷であるウェールズ関連の話を掲載したかったので当記事を選択した。


英文記事:First 'royal' corgi bones found
Last Updated: Wednesday, 21 April, 2004, 12:33 GMT 13:33 UK

2011年6月11日土曜日

英王室コーギーのリードを引く正装の従者。近衛騎兵パレードで

(Telegraph記事翻訳)


エリザベス皇太后のクラレンスハウスの使用人で忠実なウィリアム・タロンさん(72)が亡くなった。彼は自分の仕事を、皇太后が公務に出る時に“彼女を微笑ませ続けること”だと考えていた。

タロンさんはちょっとした国宝のような存在になった。皇太后の誕生日にクラレンスハウスの入り口で彼女が毎年国民に挨拶するときに、その傍らに付き従っていたために公衆に存在を覚えられた。タロンさんは1970年にこの役割を担うようになった。

クラレンスハウスでの上下関係におけるタロンさんの正確な役割とその影響の大きさは、(彼の役割が)多くの境界線を逸脱していたために定義することは難しい。彼はエリザベス皇太后の召使いだったが、行事や来賓などを把握する能力に長けていたので、風景画家のエドワード・シーゴなどに代表される皇太后のゲストたちと個人的な友人になった。


エリザベス皇太后のコーギーたちのリードを引く従者ウィリアム・タロンさん。
ロンドンの英国近衛騎兵パレードにて。


彼がこの世で最も尊重した4人の人物はエリザベス皇太后、両親、そしてタロンさんが1960年から2000年までともに働いた、副執事で御前ボーイの親友レグ・ウィルコックだ。

ウィリアム・ジョン・スティーブンソン・タロンは、ダーラム州バートレーの彼の祖父の金物店で19351112日に生まれた。1年後彼の家族は苦境に陥りコンベントリーに移った。

自分の望みを知っていたビリー(ウィリアムの愛称)さんは、たった15歳の時に国王ジョージ6世に直接手紙を書いた。驚いたことに1951年、彼は少年従僕としてウィンザーのイースターコートに召喚されたのだ。

後に彼はバッキンガム宮殿で雇用され、19531954年の女王のコモンウェルスへの旅行に付き添う予定だったが、RAF(イギリス空軍)のナショナルサービスに入った。そして彼は、エリザベス皇太后にクラレンスハウス勤務を願い出て許可され、2002年の皇太后の死まで彼女に仕えた。


以前エリザベス女王と王家のコーギーたちという記事で紹介した、
この写真の男性がウィリアム・タロンさん。


ゲストが集まってくつろぐと、タロンさんは皇太后に知らせる。彼女が部屋に入ると、彼は(でしゃばらずに)背景に溶け込むのだ。

タロンさんはドリンク作りの名人だった。あるランチゲストによると、タロンさんの神秘的な技で、ゲストのグラスはいつも満たされたままでいたという。セントジェームズパレスでの退役軍人たちの陰気な午後の集まりでは、パーティーが滑らかに進むようにお茶にウィスキーを加えておくことも彼は忘れなかった。

彼はチャールズ皇太子の支持者だったが(皇太子はタロンさんが去年3月に入院したときに彼を見舞った)、結婚前にクラレンスハウスに居住していたマーガレット王女とはそりが合わなかった。

いつもすべてが上手くいっていたわけではない。彼の私生活がタブロイド誌の見出しになったとき、タロンさんは引き際だと考えた王室の者たちもいた。

20008月皇太后の100歳の誕生日の夜、タロンさんが彼女とともにロイヤルオペラハウスにいたとき、レグ・ウィルコックさんが死の床にあるというニュースが入った。ウィルコックさんは1週間後に死亡し、タロンさんは彼のためにモールバラハウスのクイーンズチャペルで立派な葬儀を手配した。

その後の彼の生活は容易ではなかった。タロンさんは意気消沈したのだ。エリザベス皇太后がその介護を若い人たちに頼ったため、彼は居場所を亡くしたように感じた。皇太后の死後王室は彼を、クラレンスハウスのロッジから退去させ、彼はケンジントンの庭付きフラットに移り住んだ。

タブロイド誌が彼を安っぽく扱ったときもあった。だが彼はへこたれることはなく、多くの実入りの良い誘いを拒否し、断固として思慮深いまま、多くの(王室の)秘密を墓場に持って行ったのだ。

ウィリアム・タロンさんは、英王室に長く優秀に仕えたためにロイヤル・ヴィクトリア・メダル(ゴールド)を与えられた稀なる所有者のひとりである。


個人的な意見だが、他の英王室の人たちとは違ってこのウィリアム・タロンさんは、
エリザベス女王&皇太后のコーギーを心底大切に世話していたような気がする。


読後の感想:
当記事はコーギーの記事ではないけれど、いつものごとく、付属のコーギー写真を紹介したかったので掲載した。エリザベス皇太后の従者だったウィリアム・タロンさんが正装で皇太后のコーギーのリードを引いている写真は、英王室のロイヤルコーギーたちの姿を読者に伝える実に興味深い写真だと思う。本当は写真だけ掲載したいのだけれど、それでは記事の執筆者に対して失礼なので、なるべく写真のみでは掲載しないと決めているため、当記事も(仕方なく)翻訳した。
長い記事なので飛ばし読みでも構わないし、写真だけでも楽しんでいただければ紹介した甲斐がある。英王室のコーギーに興味がある読者さんに、ロイヤルコーギーたちが生きている世界の雰囲気や“匂い”だけでも伝われば幸いだと思う。

※エリザベス皇太后とウィリアム・タロンさんの関連ニュースは、エリザベス皇太后とコーギーの城で同性愛騒動でどうぞ。